日本の健康保険制度が破綻してしまいました

佐々木理事 2023年 4月5日 Facebook記事より 

日本の健康保険制度が破綻してしまいました。

これまで1~3割の自己負担割合で医療を利用できていた患者さんたちはその全額を自分で支払わなければなりません。

在宅医療の場合、診療費は、月2回訪問・24時間の緊急対応のカバーがついて約7万円。1割負担でも高いと感じる世帯が多いのに、これが全額自己負担になったら?

果たして患者さんたちは払えるのでしょうか。そして、医療を受ける患者さんが少なくなってしまったら、わたしたち医療専門職は​生活していけるのでしょうか。

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これは悠翔会の新入職ワークショップの毎年のテーマ。今年も興味深い意見やアイデアがいくつも出てきました。

■7万円の全額自己負担になると、患者はより高い診療レベルが要求されるのではないか。確かにその通り。だけど、実は、私たちは今、すでに7万円を受け取っています。患者の自己負担は1割。だけど健康保険料と税金から残りの9割をちゃんと受け取っている。実は、現時点で、月7万円に値する診療が提供できていなければおかしいのではないか。

■在宅医療の7万円は確かに高いかもしれない。しかし、健康保険がなくなると、入院はもっともっと高くなるのではないか。在宅医療で入院を避けられるなら、在宅医療は7万円でも選択されるのではないか。

確かにその通り。

誤嚥性肺炎の場合、1回の入院で120万円、骨折の場合、全部位平均で130万円の医療費がかかる。これがもし全額自己負担になったら。年に1回起こるかもしれない肺炎による入院を避けることができるなら、月7万円(年90万円)の在宅医療を利用したほうがトータルでは安く済む、ということになる。

実際、健康保険制度のカバー率の低いインドでは、病院での入院療養費が高いという理由で、決して安くはない在宅療養が選択されている。

■7万円は払えないかもしれない。だけど、3.5万円だったら払える人は増える。1万円だったら今の自己負担額とそう変わらない。きっとみんな払える。健康保険が破綻したということは、診療点数はもはや関係ないんだから、払える金額の診療サービスにすればいいのではないか。

確かにその通り。

だけど、一人あたりの診療収入が半分になるということは、私たちの収入を維持するためには、2倍の患者さんを診察しなければいけない。一人あたりの診療収入が7分の1になるということは、7倍の患者さんを診察しなければならない。でも、診療費に応じた診療密度にすることができれば、これは不可能ではない。実は、現時点で、悠翔会は居宅患者の4割は月1回訪問(月3.5万円)で対応している。診療収入は半分だけど、診療頻度も半分。合理的な診療体制を構築できれば、より多くの患者さんに広く浅く医療を届けることで、収入は維持できるのではないか。

■診療収入が減ることが避けられないのであれば、今のうちにそれ以外の収入源を確保しておくべきではないか。

確かにその通り。

健康保険制度が破綻しないとしても、診療点数は今後下がっていく可能性は否めない(というか、いつか必ず下げられると思っている)。であるならば、在宅医療・訪問診療だけに依存しない経営体質に今のうちにシフトしておくべきであろう。医師による訪問診療や往診にこれだけ手厚いというのはかなり国際的にも例外的。基本的には訪問看護・介護を基軸とした体制が構築されている。看護・介護はなければ生活は成り立たないが、訪問看護が充実するなら、在宅医はオンライン医でいい、と言われる時代が来るのかもしれない。実際、インドやナイジェリアはそんな感じになっている。未来の方向性が見えているのに、いまのままとどまっていていいのか、という危機感を新入職員と共有できたのは、最高経営責任者としては大変心強い。

他にもたくさん、面白い意見が出てきました。しかし、在宅医療は実は高額な医療であるということ。その費用負担しているのは「社会」であるということ。私たちにとっての収入は社会にとっては支出であること。そして、いまの「当たり前」はいつまでも「当たり前」ではないかもしれないということ。これらの大切なことを自分たちで気づくというプロセスはとても大切なことだと思っています。

そして、そもそも「高い」とは何なのか。

大戸屋で「から揚げ定食」が2000円だったら高いと感じる。だけど、神田菊川で「うな重」が2000円だったら安く感じる。「高い」とは相対的なもの。重要なのか対価=その費用負担に対して提供される価値が高いか、低いか。これはサービス業の世界では当たり前の常識。しかし、医療の世界では、この世界の共通言語がなかなか通用しません。

高額な在宅医療が、今のところ高額なまま存続を許されているのは、それが救急医療システムの負担を軽減し、入院医療費を削減し、患者のQOLとQODにプライスレスな価値をもたらしているはず、と思ってもらえているからではないでしょうか。

月7万円に値する仕事とは何なのか。安定している時だけ愛想よくせっせと月2回訪問して、ちょっと体調が悪化して医療依存度が高くなったら、救急車を呼んで病院に入院させる。少なくともこんな在宅医療に7万円の価値はありません。

内装工事に3000万円をかけ、250万のエスプレッソマシンを購入し、時給1800円でバリスタを雇って、コーヒーを一杯淹れて250円を稼ぐ。そんな商売を経験してきた立場からは、1回の訪問診療で8330円もらえるというだけでも少し気持ち悪さがあるのです。

だからこそ、費用負担者にしっかりと説明責任を果たしていきたいと思うし、こういう面倒くさい「考えること」が、VUCAな未来へのレジリエンスを獲得するために必要不可欠なプロセスなのではないかと思います。

参加してくれた35人の新入職員のみなさん、お疲れ様でした。ようこそ悠翔会へ!よりよい未来を一緒に開拓していきましょう!

(ちなみにこの写真は、僕が運営していた新宿のカフェのもの。11年頑張りましたが、ちょうどコロナ前に閉店しました。)

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